TIME TRAVELER CHITA

I'm CHITA, Hongkong super star. Tibet

ラサ・ディナーと星空

朝はホテル近くの東北餃子で肉まんの類と味付き豆乳(これが美味い!)で済ませることが多く、昼もなんだかんだで適当に食べていたので、夜くらいはゆっくり食事しようか、というわけでメインストリートにある外国人向け西洋レストランへ。

オーナーはイギリス人の有能そうな女性。

レストランの名前は失念。

とりあえずお洒落、広い、開放的。

二階のテラスで欧米系の観光客が酒を飲んでいる。

我々は一階のウィンドウ側に座った。

 

西洋料理とはいうが、普通にインドネパールカレーもあった。

HさんDさんはそれぞれカレーとかピザを、私はボロネーゼを頼んでみた。

同時にドリンクで鉄観音茶も。

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地元の店とは明らかに雰囲気が違う高めのレストランなので実はかなり期待していた。

しかし残念ながらボロネーゼは不味かった。

スパゲティではなく中国の面条(麺)のようで茹で加減もめちゃくちゃだった。

でも店内の装飾や料理の見た目は綺麗だったので良しとする。

西洋とは遠く離れた標高3700mの街でパスタをたのんでいることがまず不適切に思われた。

ちなみにほうれん草のピザは美味しかったので、後日また訪れることになる。

 

 

 

標高3700mといえば富士山の頂上よりも高い。

手の届きそうな星空が見えるに違いない、とHさんと話していた。

本当は夜外に出るのはちょっと危ない感じはしたが、1人じゃないし、ホテルのすぐ前の道路に出るくらいなら、とその夜4時頃Hさんと部屋を抜け出した。

日の出ていない夜と朝は凍えるほど寒い。

キンと冷えるが澄んだ空気。

満天の星…!

 

しかしひらけた道路に出て目に入ったのは、ネオンの明かりだけであった。

人気は全く無い。

鮮やかな文字の看板がただ静かに、煌々と夜のラサを照らしていた。

 

諦めきれない私とHさんは、しばらく歩きながら明かりの少ないところを探したが

さすがに裏道に入るのは恐れた。

見上げて一生懸命目を凝らせば、全く見えないことはない。

が、ただの都市の夜空。

標高3700mの夜空。

 

あるはずのものが見えない。

また1つ学んだ。

 

そのあとはややふてくされて眠りについた。

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ヤムドク、トルコ石の湖

チベット三大聖なる湖の2つ目、ヤムドク湖へ!

 

標高は4441m。

この湖は峠の上から観賞するものらしく、本日も山へ向かって爆走!

 

 

 

まだ低地を走っている時に見えた絵画のような風景。

 

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素敵すぎる木々。

この地帯にテントを張って暮らしたい。

 

時折、岩肌に白いハシゴの絵が描かれているのを見かけた。ガイドさん曰く、天国へのハシゴだそうだ。チベット語で何か書いてあるものや、仏の絵もある。

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きわどいカーブの山道を走り続け、途中休憩がてら拓けた峠に停車した。

ここは絶景ポイントのようだ。

 

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撮影用のチベタンマスティフが何頭も伏せている。

無断撮影は厳禁。

お金を払うと、この壮大な山脈をバックにチベタンマスティフ(でかい犬)と写真が撮れる。

チベタンマスティフをカメラの方に向けさせるために、飼い主は鞭を使っていた。

少しでも下を向こうものなら、容赦無くバシバシ叩く。

 

犬だけでなく、細い欄干の上にはリボンをつけられた子ヤギが載せられていた。おそらく写真用だが、あまりにもかわいそうで見るに耐えない…

 

 

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バレないように遠くから撮影。見世物のチベタンマスティフたち。

 

 

さて、ヤムドク湖を見下ろせる地点に到着。

 

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すごい、どうなっているんだろうこの水は。

本当にトルコブルー。

水の質感を一切感じない。

 

上からいい感じに撮影(自分とH姉さん)

人間の小ささを改めて実感。

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もう高山に慣れてきたのか、変に動き回ったりさえしなければそれほど苦しくなくなってきた。

帰り道、サービスエリアのような所でガイドさんとドライバーさんみんなでご飯(中華)を食べた。

山の上だからというのもあるが、粗末なプレハブのような外観の店で、中のトイレは元祖ニーハオトイレ。

そして料理がいちいち高い。

 

厨房を覗きに行くと、野菜などの食材が散乱した物置小屋のような空間で何人かの中国人が適当に料理を作っているのが見えた。

やっぱり、そういう感じだよね(笑)ともはや安心する。

出てきたご飯はひどかった。

どんな水で炊いたの?というような白米。

数年前の作り置きのような変なにおいのするおかず。

食器も古くて不衛生な感じがあったので、見かねたガイドさんが熱湯をオーダーしてタライの中で洗ってくれた(笑)

 

中国では食事の前に取り皿をお湯ですすぐのはよくあることだが、ここまで本気の熱湯消毒は初めてである。

厨房を見てしまったこともあり、完全に食欲が萎んだのでほとんど食べれなかった。

 

私とHさん、Dさんで100元ずつ払った覚えがある。(ガイドとドライバーのぶんは支払う暗黙のルール有)

こんな汚い飯はそうそうない。

写真はやめた。

 

 

早く下山したいと思った。

下界には暖かく美味しいご飯がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナムツォ、天の湖

本日は、ラサ市内から約100kmの「ナムツォ(ナム湖)」へ車を走らせてもらった。

 

ナムツォはチベットの3つの聖なる湖のうちの1つ。(残りはヤムドクとマーナサローヴァル)

 

「天の湖」ことナムツォ、その標高は4718m。

片道3〜4時間くらいだったかな。

とにかく遠かった。

しかし途中の風景がまた美しく、始終カメラを向けまくりの3人であった。

途中、山道へ入る際に公安のチェックがあった。この時もパスポートと許可証を提示しなければならなかった。

しかしほとんどの手続きはガイドさんがまとめてやってくれたので特に不自由は無かった。

 

 

山沿いのカーブをすごい勢いで登って行く。

対向車線には大型トラックが走ってきたりもする。すれ違う時のスピード感に本気で命の危険を感じた。

 

しかし切り開かれた道路を走りながら見渡す山の景色もこれまた最高だった。

今もまだ人が住んでいるような集落や、もう朽ちた村の跡、草を食む馬、ヤクたち…

昔家が建っていたような石の跡を見ていると、マチュピチュを思い出した。

何年も前、この道が切り開かれる前にはそこにも人の暮らしがあった…と思うとなんだかエモい。

人の世の儚さを感じる。

 

 

 

 

すごいスピードで山を登る車の中で、事故死するときのシュミレーションを何度も頭の中で行った。できれば死にたくないのだけど、もしそうなってしまったら、せめてあの草むらの花の下に投げ出してくれ…と。

あるいは吹き飛ばされて誰にも見えない岩陰で1人朽ち果てて、ついに発見されることはなく、やがて雪が降り、春が雪が溶かすと骨が現れて…など。

幸い、車は無事にナムツォ村に着いた。

村といっても、ホテル(のような小屋)や飲食店が数件あるだけのパーキングエリアだ。

 

車から降りて、集合時間までは十分に散策しておいでと言われた。

天の湖ナムツォ、標高は4718mである。

ラサに着いたときの息苦しさを上回っていた。心臓への圧が半端なかった。

それでも事前に高山病の薬を処方していた私とHさんは、息苦しさと少々の頭痛を感じるだけで済んだ。

しかし薬を処方していなかったDさんはひどい頭痛に苦しみ酸素ボンベを買って休んでいた。

かわいそうなDさんを置いて、Hさんと湖へ。

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ほとりにはYou are in the heaven の看板が。

透き通ったブルーの湖、遠くに見える白い山脈。

 

小さなキラキラの波が控えめに押し寄せてくる。

ちょっと信じがたいくらい美しかった。

 

来た甲斐があった!と思わずはしゃぎたくなったが、この心臓への圧を考えると一瞬でもジャンプしようものならすぐに倒れてしまうだろう。と思い控えめに楽しんだ。

 

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塩水湖だからか、手前の水溜りは鏡のようになっている。

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写真撮影用の大きな白いヤクを連れたチベットの男達が観光客へ始終声をかけている。

 

撮影一回で5元と言われたが、本当だろうか?

勝手に帽子とかストールとか貸し出されてその分の金を取ろうという魂胆では?と怪しんで辞めておいた。

それよりも、外国で動物を触るのはこわい。

 

写真映えはGOOD。

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ヤクの頭蓋骨。
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乗馬体験なんかもやっている。

観光客のほとんどが中国人だ。

湖のほとりでゆっくりと物思いに耽るとか、そういった希望を叶えるには騒がしすぎた。

それでも、美しすぎる天の湖を眺めていると周り事などもうどうでもよくなっていった。

 

ここにテント張って眠りたい。

この高さなら星にも期待できる。

小屋のような旅館は数件あるようだったが、外国人が泊まれるかは分からない。

現にラサには外国人お断りのホテルが少なくない。

 

今回の吉雪ホテルも、bookingには外国人についての記載がなかったので、しつこいほどメッセージを送った。それでも返事がこないのでいろんな予約サイトからメッセージを送りまくった。そしてようやく一通「大丈夫です」と確認を取ったものである。

 

 

さて、Dさんはと言うと完全に落ちていた。(精神的に)

ただそこまで酷い症状では無かったのが不幸中の幸いといえる。

 

高山病対策については、事前に皆で情報交換しており、私とHさんは高い金を払って高山病用の薬(ダイアモックス:1日2回飲む)を手に入れていた。この薬は非常に高価で、わずか5錠で4千円以上する。病院で処方してもらわなければならないため診察料もかかる。

出発の前日頃から飲み始め、旅の途中も欠かさず飲み続ける必要がある。

自分の分しか持っていなかったので、Dさんに薬を分けて助けることができなかった。

 

チベットに限らず高山地帯へ行くならお金を払ってでも薬をもらっておいたほうが良いと思う。本当に辛そうだった、Dさん…

 

それでも山を降りて市内へ戻れば症状は良くなる。

本当に天へ行ってしまわないように気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

ラサごはん、街並み

ラサ市内は近代的なビルはあまり多くないが、幾分か古い建物や、中国でよく見る四角い商店が立ち並び活気に溢れていた。

中国移動通信、中国銀行、地元のパン屋、お土産やさん、レストラン、カフェ、たくさんの店が通りに面してずらーっと並んでいる。

 

メインストリートは、ほとんど中国の別の都市と変わらないようた感じた。

しかしちょっと脇の道を通って裏通りへ出ると雰囲気がガラリと変わってチベット様式?の白い四角の建物が立っている。

野菜を売ったり、ヤクの肉を売ったり、チベット仏教のお経ラジオが軒先に並べられていたり…。

こっちはチベット族ゾーンとなっているのだろうか。

道行く人々の顔は浅黒く堀が深い。

女性はスカートの前に色とりどりの布を掛けている。既婚女性が身に付けるものだそうだ。

 

肉屋の前に置かれていたヤクの首にドキッとしつつ、ラサ探索を楽しんだ。

 

チベット様式の白い建物は木枠の窓がとても可愛い。お花が飾ってあったりして小粋な感じだ。

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ただ気になるのは中国の国旗がいたるところに飾られていることと、公安の多さである。

 

人の家なのか何なのか分からないが、その白い壁にももれなく赤い旗が翻っている。

ここは中国だ、と言わんばかりに。

そして小道がちょっと開けたような場所には常時公安のパラソルが。

 

あたりが緊張感でピリピリしているわけではないが、決してゆるくないそういう雰囲気。

 

 

 

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チベットのいけてる若者たちの背後。

 

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細切りの野菜がかわいい。

どんな料理を作るのだろう。

 

チベット文化と中国の近代文化が融合している街。

あと何十年も経てば、色々変わってしまうような予兆があった。

このタイミングで来られて良かった。

 

 

 

夜は例の東北水餃子へ。

チベット族の若い女の子がバイトしていた。

しかし中国語があまり出来ず、オーダーの2/3を間違えていた。

簡単なことしか話せないようで、困っている姿がかわいそうだったので運ばれた物をそのまま食べた。

 

後から入って来た漢民族のカップルに、餃子一皿は何個入ってるの?と聞かれて娘がタジタジになっていると、店の奥から例のおじさんが出てきてくれた。

 

そのチベット族の子を思うと、何となく切なくなってしまった。

がんばれ!

 

 

次項、湖の記録へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車内の現状、ラサ到着

列車に揺られながら、狭いベットで寝るのはあまり快適ではない。

車内が消灯され、皆が寝静まった後でもなかなか眠れなかった。

それでも、窓の外に広がっている大地と星を想うと安らかな気持ちになれた。

 

外の美しい景色とは反対に、車内はすっかり汚くなっていた。カップ麺の容器はゴミ箱から溢れているし、洗面台はカップ麺の具や汁が流されて無残な姿に。トイレは…いうまでもなく惨状。定期的に掃除はされているようだが、大陸のみんながすぐに汚してしまう。

 

朝は混んで汚れる前に洗面所を使いたかったので、まだ暗い5時半から6時ごろにサッと起きてトイレや洗顔を済ませ、もう一度寝た。

 

次に目が覚めるとすっかり日が昇っていた。

Hさんたちは朝日を見ることができた、と嬉しそうだった。

 

廊下でストレッチマン、散らかったゴミ。音楽・ラジオ垂れ流し。

もうここまでくるとどうでも良かった。

 

 

さて、そんなこんなでラサ到着。

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やや息苦しい。空気が薄い。

 

駅のすぐ隣にある建物の中でパスポートをチェックされるが、この手続きにやたら時間がかかった。

 


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別の日に撮った青蔵鉄道の写真↑

とてもカッコいい。

さながらホグワーツ特急の如く。

ちなみに車内販売でワゴンが来ることもあった。

賢者の石の時のハリーのように、ぜーんぶちょうだい!をやってみたい。

 

 

 

駅の外で今回のガイドとドライバーに会った。

ガイドさんはなんと日本語の上手い、気さくな若い女性。旅行会社には、英語か中国語のガイドしか居ないと言われていたのに、これは嬉しい。自分の拙い中国語で通訳しなくて済む。

 

この日は1日目なので、無理せず安静にとのことで、そのまま車でホテルへ送ってもらった。

ラサの標高は富士山の頂上よりも高い。

はしゃぐと命取りである。

 

嬉しくても楽しくても、絶対にはしゃがないこと。

これがラサでのルール。

 

市内は中国の都市と大して変わらない。

ただ、どの店の看板にも中国語とチベット語の両方が書かれている。

片方の言語だけしか無いような看板は見当たらなかった。

メインストリートには中国の通信会社や銀行やスーパーが並ぶ。

みんな中国の標準語を話している。

中華料理も、四川・東北と揃っている。

 

思ったよりも随分都会だな、と思いながらホテルの周りを3人で散策。

すぐ近くに小学校があるらしく、門の前は迎えにきた保護者が溢れかえっていた。

賑やかだった。顔だけではチベット族の人なのか漢民族の人なのか分からないような人もいる。

 

この日、ホテルの近くにあった東北水餃子の店で夕食を食べた。

人の良さそうな漢民族のおじさんが切り盛りしている。

水餃子も、包子も最高!に美味しかった。

朝は6時からやっているそうなので、また朝ごはん食べにくるねーと約束してホテルに帰った。

 

ホテルは先に書いた通り、

大きなベットが3つ横に並んだ部屋で開放感あり。鍵の意味はない。

シャワーもあるが、寒暖差が激しく朝晩は冷えるのでお湯を浴びないほうがいいとガイドに忠告されていた。

乾燥していて汗もかかないので、そこまで気持ち悪くもない。

身体が大事なのでシャワーは暫く我慢。

 

翌日からツアーが始まるので早めに寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西安の朝、念願の青蔵鉄道

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09:45の列車に乗るため、朝早く宿を出た。

駅近なので歩いて行く。

10分ほどの道だが、歩いている感覚でこの街がきちんと碁盤目状になっているのが分かった。

 

西安の朝。中国人の朝は早い。

包子(肉まん系)の湯気、麺、お粥…

朝も美味しく、そして楽しい。

清々しい朝だった。

 

これから夢を叶えに行くというトキメキ。

 

中国の駅はたとえ地下鉄であっても必ず荷物検査のゲートを通らなければならない。

今回の鉄道は尚更厳しくチェックされる。

あらかじめ旅行会社の人が予約してくれていたチケットを窓口で受け取る。

ここでも許可証の提示は絶対である。

この先、この紙ペラ一枚の許可証がパスポートと同じくらい大事な存在になってくるのだ。

 

ちなみに許可証は旅行会社から「これを綺麗に印刷してください」といって送られてきた写真をそのまま印刷しただけのものである。

スキャンデータのPDFですらない、本当にただの紙(許可証)の写真だった。

なんて粗末な…でもだからと言ってそこは舐めてかかってはいけない。

この紙がないと、本気で鉄道に乗れない。

(ホームでも駅員に確認される、のちのち車内でも提示を求められる)

そんなに重要なら、もうちょっと別の形にするべきではなかろうか?

 

 

 

 

旅立ちの朝は外で食べる時間がなかったので駅構内のしょぼめ食堂でワンタンスープを注文。f:id:chitalian:20181114233612j:image

普通に美味しい。ハズレなし。

 

HさんとDさんが注文していたものはあまり美味しくなかったらしく、1人だけワンタンを楽しんで少し後ろめたかった。


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寝台列車!二等席のチケットは、3台ベットが両サイドに据えられたコンパートメント。

私が一番上の段をもらった。

荷物を入れる空間があるのはいいが、はしごは無く足をかける小さいクボミみたいなものしかないので登り降りは楽ではない。

 

ちなみに相部屋となったのは中国人の男性3人で各々用事があってラサに向かっているようだった。

1人は色白メガネ、漢民族風の顔をしていた。歯科医らしい。

もう1人は素朴な青年みたいな顔をした30歳くらいの人で、なんとなく軍人っぽい雰囲気があった(実際は違う)

もう1人の中国人は他の部屋に友達がいるようで、ほとんど居なかった。

 

歯科医と軍人と私たち3人でお話ししながら買い込んできたお菓子を食べたり景色を見たり。

西寧で高山仕様の車両に映るまでは特別良い景色でもなかった。

 

彼らは友好的に接してくれて、なおかつ常識ある普通の、まともな大人だった。

他の乗客達のヤバイ振る舞いを見ると、同室の中国人が彼らで本当に良かったと心から思った。

 

気づけば景色がすっかり変わっていた。

煤けた都市の姿はとうに消え、見渡す限りの大地に。

 

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低い山々や湿地や湖が、かわるがわる現れては遠くに消えて行った。

 

いま自分はまさに地球の上を走っている、そういう感覚になる。

 

 

途中下車はできないので、朝・昼・夜・翌朝分の食料を買い込んでおく必要があったが

西安駅構内のスーパーはしけた物しか無かったのでお菓子ばかり買って肝心のパンやカップ麺は早々に尽きた。

 

そこで何度か食堂車へ行って食事をした。

食堂車なんて初めてなので最初はウキウキしていたが、値段は高いし、メニューにあるものをオーダーしても「あ、いま材料ないから無理〜」と言われたり、有ってもあんまり美味しくなかったり、と微妙だった。

 

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食堂車へ移るには三等席のゾーンを通らなければならず、車両の連結部の扉は常にロックされているので自由に移動できず、いちいち扉を殴って駅員を呼ぶのが面倒だった。

 

三等席ゾーンはただの座席しかない。

農村から出てきた風の出稼ぎおじさんや、少数民族と思われる顔立ちの家族、何世紀も昔の世界から乗ってきたような独特の民族的な格好をした人など。バラエティに富んでいて、なんだか社会の縮図を見たような気がした。

 

西安からラサまでは約31時間。

 

車窓からの景色が壮大すぎて、全然飽きることはない。

 

 

 

深夜、こっそりベットから降りて窓の外に星を探してみた。

満天の星、とまではいかないが十分綺麗。

目が暗闇に慣れてくると地平線が見えてくる。

本当に何もないただの大地と、地平線と星空にただただ感激した。満足した。

 

 

 

 

チベットへ出発前夜、西安の夜

今回の旅メンは、

私、Hさん(社会人24歳女性)、Dさん(男子大学生)の3人である。

 

私とHさんは関空で待ち合わせして同じ飛行機にのり、西安現地にてDさんと合流する予定であった。

 

お互い住んでいる場所が遠かったため、LINE通話のみで話を進めてきた。いざ空港でご対面となると、なかなかの緊張感!

関空も広いので、あるフロアのエレベーター前にてひとまずHさんと会った。

挨拶を交わす。

飛行機、鉄道、と長時間の移動になるので何か暇つぶしの本でも買いましょうか、とマクドナルド前のTSUTAYAで面白そうな本を探した。

Hさんは雑学豆知識の本を、私は地理の本を買った。(ほとんど開くことはなかった)

 

それから有料の休憩所でとりあえず寝て、翌朝はマクドナルドでモーニング。

私はハッピーセットのホットケーキを食べた。付いてきた付録がマイメロのカップじゃなくてキティだったのでちょっとガッカリしたのを覚えている。要らなかったが、一応持って行くことにした。

 

フライトは定刻通り。

無事、西安に到着。

Dさんと合流。

お初のメンバーということでやや緊張しつつも、なんだか良い感じの距離感でいけそうだと思った。

あくまで、目的地を同じくする他人同士の乗り合い旅行…くらいの軽い気持ちでスタート(その後はちゃんと固い友情で結ばれた)

 

日本→中国の航空券の関係で、ラサ行きの列車には西安から乗ることになっていた。

そのため、乗車日の前日は西安のユースホステルに一泊。

空港からバスを乗り継いでホテルへ向かうが、その時点でもうすでにかなり夜になっていた。

23時か、もっとか…

暗いし、なんだか治安の悪そう。

ギャングの溜まり場か?という雰囲気。

本当にここなのか…という不安を胸に歩いて行くと見えてきた今回のホテル。

 

名前は忘れたので判明したらまた載せます。

 

宇宙船を模したカプセルベットが近未来的でカッコよかったので選ばせていただいた。

 

中に入るとすぐ受付があり、こんなに遅くなったにも関わらず普通に対応してくれた。

ちなみに中も広いが暗い。

ビリヤードの台が1つ置かれていて、周りには意味深な古い椅子が適当に並んでいる。

どうぶつの森の地下室にこういう部屋を造ったことがある人も居そう。

例えるなら廃墟ゲーセン…のような趣深さ。

小さい飲料ケースとか、散乱したカップ麺のゴミとか、ギャングの溜まり場のような退廃的な雰囲気がgood。

スタッフなのか客なのか知らないがギャングのような人たちがビリヤードで遊んでいた。

 

あとでビリヤードしたいね、と同行者と話しつつもそんな度胸はおそらく誰にもなかった。

 

とにかく朝も早いので、すぐシャワーを浴びて寝なければならない。

私とHさんは一緒に共同シャワールームに向かった。

シャワールームはトイレと同じ空間に簡易的に併設されたものだった。

 

暗い、汚い、なんか怖い。

とにかく閉鎖的。本当にアジトだった説あり。

 

比較的中国に慣れている私はまだしも、Hさんはたしか2回目とかで、若干引いているのがわかった。

しかしこの先はもっとえげつないものが待っているだろうから、ここは平然な顔をして乗り切るしかなかった。

 

ちなみに宇宙船?風のカプセルベットは中に鏡も付いており、なんか結構クオリティが高くて楽しかった。

 

各々宇宙船に乗り込み、翌朝に備える。