TIME TRAVELER CHITA

I'm CHITA, Hongkong super star. Tibet

終身

終身なんちゃらというワードを聞くと、

自分にもやがて終わりが来るのだということを意識する。

 

この世に生を受けたすべてのものが

自身の終わりを経験しているわけだからすごいと思う。

 

生きているうちは、みんな求めるものも手にするものも違っていて、一生のうちすれ違うことすらないような人・動物はたくさんいる。

出会うことのない人、触れることのない草花。

見ている景色も経験することも違う。

 

でもみんな最後はおとなしく終わる。

いや、おとなしいかどうかは人によって違うかもしれない。

もしかしたら、もがき苦しんで終わるかもしれない。

どんな形であれ最後は終わりに従うことになる。

 

先代の人たちがそうやって生を終えていくところを想像すると、畏敬の念すら抱く。

 

自分が終わったあとの世界のことは別に考える必要はないので何とも思わないけど

最後の瞬間を思うと、いやだ という気持ちと

でもみんなやってるし。みたいな安心感が湧く。

自分でも大丈夫な気がしてくる。

 

 

人の生命に関わる仕事をしていて、お馴染みなのが

人間の死亡率というのは、実は毎年あんまり変わらないという事実。

 

例えば今年40歳の人間が1,000人いれば

その年死ぬ人の数というのは−人。

とかいう風に

ある程度決まっているものなのである。

 

確率の問題と分かっていても

なんか、この世って誰かの作ったゲームなんか?という気が少ししてしまう。

 

どうか明日も、−人のうちの一人に入らないことを祈って寝る。